愛知県民の愛する赤だし味噌、その老舗の角久は八丁味噌の発祥です。
ウォーキングで岡崎を歩き、八丁味噌を見学しましたが、その後調べてみると、意外な事実が分かりました。桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に敗れましたが、今川家の家臣、早川新六郎勝久は駿河に戻らずに、この岡崎にやってきて、味噌蔵を始めたそうです。その場所が岡崎城から西へ8丁(約870m)離れたところにある八丁村で、その地名をとって八丁味噌と言われるようになったそうです。桶狭間の戦いがなかったら、この地で赤だし味噌を造ることはなかったかもしれません。不思議な歴史のつながりがあるものですね。

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