2025年12月31日水曜日

年の暮れ なけなしの笠 あげる爺


 今日は大晦日。スーパーなどは大賑わいです。昔は「大歳の市」といって、お店が休みになる正月に備えて買いだめする人で賑わっていました。今は正月ですらお店が開いているので、特に買いだめする必要はないのですが、昔からの習慣が抜けないのでしょう。

でも、小学校の国語の教科書に出てくる「かさこじぞう」というお話では、そんな正月を前にして、お金がなくて餅も買えない老夫婦が出てきます。仕方がないのでとってあった藁で笠を編み、大歳の市でそれを売り、代わりに餅を買ってこようとします。しかし、その笠も売れなくて、とぼとぼと帰ってくる途中、頭に雪をかぶった地蔵を見てその笠をかぶせてあげます。笠が足りない地蔵には自分の頬被りまであげてしまいます。やさしいおじいさんですね。

こんなその日を暮らすのがやっとの人たちがたくさんいた時代から、150年ぐらいしか経っていません。現代は物にあふれ、お金は十分あります。それなのに物を大切にせず、不満を言ってばかりいます。このおじいさんのように、心からやさしい人になれたらいいなと思います。

2025年12月30日火曜日

百年前 系外銀河 見つけたり


 ちょうど101年前の1924年12月30日に、望遠鏡で有名な天文学者、エドウィン・ハッブルが系外銀河を発見したことを論文で発表しました。

地球から一番近いアンドロメダ銀河でさえ、250万光年という途方もない彼方の星のことをよく観測し、よく考えたものです。さらに実際には、銀河系外のことなど知るよしもない1000年以上前からこれらの銀河が肉眼で観測されていたようです。

テレビを見ていると、いろいろな分野でその道に精通している専門家が出てきてびっくりすることがあります。人の興味というのは多岐にわたり、そしてすごく突き詰めて研究する人がいます。自分を振り返ってみると、何事も広く浅くしか捉えることができず、とても残念に思えます。

2025年12月29日月曜日

孫が来て 私勝つまで 終わらぬババ抜き


 遠方に住んでいる長男一家が年に1回の帰省をしてくれました。二人の孫といろいろ話したり、遊んだりして楽しく過ごしましたが、ババ抜きをしたとき、孫娘が負けると「私が勝つまでやる」とか言って、何回も終わりませんでした。

少々強引ではありますが、こういう負けん気の強さもこの先の人生を生きていく上で大事かなとも思います。(ちょっと孫びいきが入っています)

2025年12月28日日曜日

満開に 山茶花燃ゆる 冬景色


 今、あちらこちらで山茶花(さざんか)が満開を迎えています。花の少ない季節ですので、余計にその美しさが目に留まります。しかも、色が真っ赤や真っ白などとても鮮やかで、大きさも約10㎝と大柄でとても印象的です。まさに冬の風物詩と言えるでしょう。

2025年12月27日土曜日

クリスマス 過ぎて寂しい ケンタッキー


 賑やかなクリスマスが過ぎました。クリスマスイブにはケンタッキーフライドチキンのチキンを予約して受け取りに行きましたが、ものすごい人だかりで予約していても受け取るのにかなり時間がかかりました。店員がたくさんいて、てんてこ舞いの様子でした。

ところが昨日、大型スーパーに行って、ふとケンタッキーフライドチキンのお店の前を通ったとき、誰一人お客さんはなく、所在なげに店員がぼーっと立っていました。

賑やかなイベントの後の寂寥感がたまりませんね。

2025年12月26日金曜日

東海道 昔のにぎわい どこへやら


 先日、愛知県豊川市の御油に残る東海道を散策しました。上がそのときの写真です。下は安藤広重の「東海道五十三次・御油」の絵です。アングルとしてはよく似ていますが、浮世絵にあるような宿も客も活気もなく、残っているのは松並木のみという寂しい情景でした。諸行無常の響きあり、という平家物語の冒頭の言葉を思い出しました。

2025年12月25日木曜日

様々な 誤解が合体 クリスマス


 今日はクリスマス。クリスマスは「キリスト+ミサ(礼拝)」という意味です。しかし、クリスマスについて調べてみると誤解だらけでした。

1 クリスマスはキリストの誕生日? でもキリストの誕生日は聖書にも書いてなくて分かっていません。どうも古代ローマの冬至祭と合体してこの日に祝い始めたようです。また、西暦はキリストの誕生年から始まったとされていますが、キリストの産まれたのは紀元前4年ごろではないかと考えられています。割礼した年に西暦が始まったのではないかという話もあります。

2 プレゼントをくれるサンタさん? サンタクロースはもとは聖ニコラウスという現在のトルコにいた聖人で4世紀頃の人。貧しい子供の家の煙突に金貨を投げ入れたという伝説があります。それがオランダ語でシンタクラース、さらにアメリカに渡ってサンタクロースと言われるようになったそうです。

3 クリスマスツリー? 古代ゲルマン民族で10世紀頃から行われている冬至のお祭りで樅の木を飾る風習があり、それが伝わったようです。

4 クリスマスイブにチキンを食べる? アメリカでは七面鳥を食べますが、日本ではケンタッキーフライドチキンが1974年から大々的にキャンペーンをうつようになり、それから日本ではチキンを食べるのが普通になってきました。

このようにいろいろな民族のお祭りや商業主義が合体してできたクリスマスですが、今では世界の多くの国で盛大にお祝いをしています。あまり深く考えないで、楽しくお祝いしましょう。

2025年12月24日水曜日

子供たち 心待ちする サンタさん


 今晩はクリスマスイブ。世界中の子供たちが一年で一番心待ちする日です。私もそうでしたが、子供たちはサンタさんの存在に矛盾(空を飛んでくる、煙突もないのに入ってくる、一晩で世界中の子供にプレゼントを贈る、自分の欲しいものが分かるなど)を感じ、半信半疑ながらも、プレゼントをもらえることに心を奪われてしまいます。

戦争や貧困・病気などそれどころではない子も大勢いると思いますが、少しでも多くの子に幸せが届くことを祈ってやみません。

2025年12月23日火曜日

ゆずの実を ゆず湯を夢見 採る二人


 昨日は冬至で、ゆず湯に浸かりました。

学校の敷地内にゆずの木があり、たわわに実っていましたので、教室に入れない子と二人で懸命に採りました。鋭いとげの反撃に遭いながらも、バケツ2杯採ることができ、職員の皆様がご自由に持って帰れるように職員室に置いておきました。もちろん採った子も私も数個持ち帰りました。

夜、そのゆずを湯船に浮かべ、ゆず湯を楽しみました。心なしか普段より心も体も温まった気がします。

2025年12月22日月曜日

冬至にて お日様すらも 朝寝坊


 今日は冬至。一年で一番日の短いときです。朝、2階の部屋で運動をしているとお日様が顔を出しました。時計を見ると7時過ぎ。働き者のお日様もさすがに年末になり一年の疲れが出てきているのでしょうか、随分な朝寝坊です。つい御苦労様、とねぎらいたい気持ちになりました。

2025年12月21日日曜日

天然の マフラー巻くよ シマリスは


 寒さが本格化してきて、わが家で飼っているシマリスの「シマリン」もヒーターの上でじっと丸くなっていることが多くなりました。でもよく見ると、自分の身体の周りをマフラーよろしく、ふさふさのしっぽで巻き付けて本当に暖かそうです。高いミンクのコートなんていらないでしょうね。

2025年12月20日土曜日

スイッチ2 待てば海路の 日和あり


 ようやく、ようやく待望のスイッチ2が買えました。6月の発売開始以来半年。ネットでも店舗でもなかなか買えませんでしたが、徐々に店舗でも買えるようになってきたとの情報を得て、近所のY電機に今朝10時の開店と同時に入店し普通に買えました。

思わず自分へのクリスマスプレゼントが手に入り、わくわくしています。これからテレビに接続・設定し、いろいろゲームをしてみたいと思います。

2025年12月19日金曜日

紅葉に 囲まれ光る 六角堂


 愛知県豊川市にある「東三河ふるさと公園」にウォーキングに行きました。初めて行くところですが、とても広く、自然に囲まれ、何本もの遊歩道が整備され、本当に素晴らしいところでした。

その中に大きな池とその向こうに六角堂という展望台があり、手前の赤い欄干の橋と相まって風情のある日本庭園になっていました。ちょうど紅葉の時期と重なり、えもいわれぬ美しさです。これからも季節折々訪れたいと思います。

2025年12月18日木曜日

久しぶり 餌場に集う 雀たち


 夏・秋は自然の餌を食べてもらうために中止していた庭の餌やりを再開しました。2・3日は誰も来ませんでしたが、あるとき一羽の雀がやってくると、それ以来数羽の雀が朝晩やってくるようになりました。言葉はしゃべれなくても、不思議とそういうコミュニケーションがとれるのですね。まるで回覧板が回っているようです。

また庭が賑やかになり、楽しみが増えました。

2025年12月17日水曜日

朝焼けで 心新たに 始まる日


 冬至が近くなり、日の出時刻が遅くなってきました。朝6時50分頃、2階の窓から見える本宮山の稜線に朝日が昇るのが見えます。しかも、冬場は空気が澄んでいてとてもきれいに見えます。
真っ赤に燃えるような朝焼けがとても感動的で、元旦の初日の出ではなくても、心洗われ、新たな一日を迎える気持ちが高まってきます。

2025年12月16日火曜日

シマリスか テレビ映らぬ 犯人は


2・3日前からBRレコーダーの録画が別の部屋で見られなくなりました。おかしいなと思って設定を確認したり、本体をリセットしたりして改善を試みるもやはり映りません。ふと、BDレコーダーに接続している戸棚の裏のLANケーブルを引っ張ってみると、見事に切れていました。

実は、わが家では「シマリン」という名のシマリスのを飼っているのですが、私の部屋でしばらく放していたときに、戸棚の裏で何かごそごそしていました。何をしているのかなと思いながらも気にしないでいたのですが、このときに食いしん坊のシマリンはケーブルをかじっていたのですね。でもシマリンに説教をしても体罰をしても分かるわけがありません。シマリンに罪はありませんので、これから気をつけなければと反省しきりです。

2025年12月15日月曜日

空に舞う 冬の花火だ 流星群


 昨夜は、双子座流星群が極大になる夜でした。とても珍しい天体ショーです。流れ星のもと(母天体)は、地球に近い小惑星「ファエトン(Phaethon)」です。地球が毎年この時期に、ファエトンが残した微小なちりの帯を通るため、粒子が大気に飛び込み流れ星として光ります。ファエトンは小惑星でありながら彗星のように短い尾を出すのだそうです。それがちょうど双子座の方向に見えるため双子座流星群と言われます。

宇宙の偶然が、時に私たちにロマンチックで面白い現象を見せてくれますね。

2025年12月14日日曜日

沖めざし どこへ行くのか 鴨の群れ


 一昨日、知多半島の先端、美浜町のオレンジラインに行きました。オレンジラインは知多半島を横断する約10㎞のハイキングコースで紅葉の山の中を歩く素敵な道でした。

そのスタート地点の河和口で三河湾を望むと、何千何万もの鴨の群れがいて、鰯の群れのように整然と列をなして固まっていました。まるで一つの生き物がどこかに向かって飛んでいくかのようです。小魚でも小鳥でも羽虫でも蝙蝠でもよくこういうかたまりを作ってうねうねと進んでいきますが、誰が指令やアドバイスを送るでもないのに、自然にこういう形になるのが本当に不思議です。

2025年12月13日土曜日

清洲城 ここから始まる 統一が


 愛知県清須市(清洲市ではない)にウォーキングに行きました。ここには織田信長の居城、清洲城があります。信長がここから桶狭間などの戦いに出て行ったり、徳川家康と同盟を結んだり(清洲同盟)、本能寺の変のあとここで秀吉などが跡継ぎを決める会議をしたり(清洲会議)歴史上有名な場所です。

その後、1610年尾張の中心が名古屋に変わり、名古屋城の資材として解体されてしまいます。

1989年(平成元年)再建されますが、設計図が残っていないので、想像上の形で鉄筋コンクリートで作られました。歴史的に考えてこんな立派な天守閣だったとは思えないのですが、単純にシンボルとして捉えれば良いのかなと思います。

2025年12月12日金曜日

ショッキング 今年の漢字 熊になる


 今日は「いいじいちじ(1212)」から漢字の日。そこで毎年この日に漢検主催で「今年の漢字」が京都・清水寺で発表されます。

今年の漢字は「熊」。連日のように熊の出没・被害のニュースが続きました。第2位は「米」(米の価格高騰、トランプ米大統領の訪日)、第3位は「高」(物価高、株高、高市首相就任)です。どれが選ばれてもおかしくないほど話題になりました。

来年は、もっと明るい話題で漢字が選ばれるとうれしいですね。

2025年12月11日木曜日

縄跳びを リズム良く跳ぶ 人生も


 昨日、勤務校で「なわとび記録会」という行事がありました。今は危険なので、マラソン大会とか駅伝大会とかやっている学校はほとんどなく、冬の行事は「なわとび大会」ぐらいでしょう。子供たちは、前跳びはもちろん、駆け足跳びとか、綾跳び、交差跳び、二重跳びなどいろいろな種目を器用に跳びます。昔、私の通った小学校ではなぜか行進ばかりしていて、縄跳びなどやったことがありません。そのため私はいまだに前跳び以外できません。自転車と同じで、幼少期の経験が大切な競技ですね。

子供たちが懸命に跳んでいる姿を見て、人の歩みに似ているなと感じました。一歩一歩の積み重ねが、人生を重ねていくことに繋がっている感じです。歩みを止めれば、そこで成長も止まってしまいます。子供たちはそれぞれの人生の目標に向かって、一歩ずつ着実に歩んでいってほしいものです。

2025年12月10日水曜日

晩秋の わずかに残る 柿狙い


 秋もすっかり深まり、冷たい空気が吹いています。校庭から見える柿の木に付いている柿もすっかり数を減らしまばらになってきました。少年がそれに気づき、一所懸命飛びつきますが、あとわずかのところで届きません。それでも何度も何度も飛びかかり悔しがります。大人なら初めから諦めるか、途中でくじけるかですが、この少年は、無心で挑戦し続けます。

こんなけなげな子供心を、私たちはもうすっかり忘れ去ってしまいましたね。

2025年12月9日火曜日

真珠湾 八十四年 悲劇から


 84年前、昭和16年12月8日、日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃し、たくさんの軍艦を沈め、悲劇の太平洋戦争が始まりました。アメリカ人はそのことから、"Remember Pearl Harbor"を合い言葉に卑怯者のジャップへの復讐に燃え、太平洋戦争に勝利しました。

卑怯者というのは、宣戦布告もなしにいきなり攻撃してきたことを指すのですが、日本軍は宣戦布告をしてすぐに攻撃する予定だったのが、手違いで宣戦布告が遅れて逆になってしまったようです。また、この攻撃に至るまでに、今の北朝鮮やロシアに対するように、日本への包囲網や石油などの禁輸政策などがあり、日本としてはどうしようもなく、「窮鼠猫をかむ」状態になっていたようです。そこに、軍部の暴走もあり、こんなことになってしまいました。だから、一概に日本ばかりを責めるのもどうかと思います。

いずれにしても、戦後80年間平和が続きましたが、最近、中国の動きが危うい感じがします。中国が動けば、北朝鮮・ロシアも同調するでしょう。そんな最悪の事態にならないように、心から祈っています。

2025年12月8日月曜日

魚狙う 鏡に映る かわせみが


 昨日、近所の洲原池にウォーキングに行ったときのこと。たくさんの鴨や鷺から少し離れたところに一羽のカワセミが枝に止まってじっと魚を狙っていました。

他の鳥に群れることなく、紅葉の中、ちょうど鏡のように水面に映り、えもいわれぬ美しさで孤高の存在感を醸し出していました。さすが、清流の女王です。

2025年12月7日日曜日

空気澄み 冬の御嶽 聳え立つ


 昨日、名古屋市の猪高緑地公園にウォーキングに行きました。小高い丘の展望台から、どーんと大きく白い御嶽山が見えました。関東の人たちにとっては冬に富士山がよく見えるのと同様に、愛知県からは冬になると真っ白い御嶽山がよく見えます。わがふるさとの母なる山という感じですね。

2025年12月6日土曜日

エジソンの 蓄音機鳴り 科学発展


 今日は音の記念日。発明王エジソンが1877年12月6日に蓄音機の録音・再生に成功した日だそうです。
エジソンは、白熱電球・活動写真・電話・電気鉄道など1300もの発明をし、今の科学の発展に大きく寄与したのは周知の通りです。彼は何でも知りたがりで、「粘土と粘土をあわせても大きな粘土になるだけなのに、1+1はなぜ2なの?」などと何でも疑問に思って質問を繰り返し、わずか3か月で小学校を退学になったそうです。その後は独学でたくさんの研究をして今に残る功績を残しました。
もし、彼が小学校を退学しなかったらこれらの発明はなかったかもしれません。「人間万事塞翁が馬」とはこのことでしょうね。

2025年12月5日金曜日

たくさんの 曲と悲劇の モーツァルト


 今日12月5日はモーツァルト忌。

モーツァルトは幼少期から父に連れられヨーロッパ諸国を巡り、各地で演奏旅行をし、多くの曲を作るなど、華々しい前半生を送ります。神童とか天才とか言われる、数多くのエピソードに彩られています。

しかし、後半生は信じられないほどの不遇。1791年12月5日の彼の死も誰にも看取られず、他殺なのか自殺なのか病死なのかその死因さえもいまだにわからないまま、35歳という若さで亡くなります。こんなに悲劇的な人は他にありません。

彼は生涯に名曲を数多く残し、音楽史に多大な影響を与えています。クラッシックなど聴かないよという人でも、実はたくさんの曲を耳にしたことがあるはずです。私も好きな曲は数多くあります。今も彼の「レクイエム」を聴きながら、彼の死を悼みつつこの文章を綴っています。

2025年12月4日木曜日

落ち葉たち 掃いても掃いても 舞い落ちる


 今の時期、学校では毎日の落ち葉が大量で、掃いても掃いても、次から次へと落ちてきます。勤務校では紅葉する気が多く、とてもきれいですが、掃除が大変です。

教室には入れない子が一生懸命手伝ってくれます。「休み時間に遊ぶより、こっちの方が楽しい」なんて言っていますが、ありがたく感じたり、これでいいのだろうかと考えたり、複雑な思いです。

2025年12月3日水曜日

木枯らしに 負けじと咲くよ 山茶花が


 花の少ないこの時期、わが家の玄関横の山茶花(さざんか)が咲き始めました。山茶花を見ながら、ふと懐かしい童謡を口ずさんでいました。

「山茶花山茶花咲いた道 たき火だたき火だ落ち葉だき 当たろうよ当たろうよ 霜焼けお手々がもうかゆい」(「たきび」という童謡の2番)

しかし、今では落ち葉を集めてたき火をすることはありません。昔はこのたき火の中にさつまいもを入れて焼き芋にしていましたね。甘くておいしかった。

霜焼けの子供は今は見ません。子供の頃はクラスで多くの子が霜焼けになっていました。なぜか女の子が多かったですね。栄養状態が悪かったのか、衛生状態が悪かったのか。私はなったことがありませんが、とても痛痒そうでかわいそうでした。

ふと、山茶花の歌を口ずさみながら、そんな昔のことを思い出してしまいました。

2025年12月2日火曜日

年早く 坊主が走る 師走なり


 時の経つのは早いもので、もう12月。師走です。

師走とは「師が走る」と書きますが、教師ではなくお坊様です。昔は年末になると各家庭で先祖供養のためお坊様を呼んでお経を上げていただいていたようです。あちらこちらで呼ばれるためお坊様は大忙し。普段おっとりしたお坊様も思わず走り回るほど忙しい時期だったのでしょう。旧暦の月の呼び名はいろいろありますが、師走は一番面白く、印象に残る呼び名ですね。

2025年12月1日月曜日

丸根砦 兵どもが 夢の跡


 愛知県は、日本のほぼ中央、東西の境に位置し、戦国時代の織田信長・豊臣秀吉・徳川家康(愛知県では三英傑と呼んでいる)の出身地。そのため各地に古戦場や城・砦などの史跡が残っています。昨日ウォーキングしたこの丸根砦もその一つ。

今川義元が西進し、天下を狙う途中にあった尾張・織田家。その激突が桶狭間の戦いでしたが、その前哨戦として、この丸根砦や鷲津砦、大高城の戦いがあります。しかし、今川家の人質となっていた徳川家康によって軽く一蹴され、その油断から今川家はすぐ近くの桶狭間で大敗を喫することになります。丸根砦の大敗が桶狭間の大勝の伏線になっていたのですね。

その丸根砦跡に行ってみますと、小山の茂みの上に「丸根砦戦殉難士之碑」があるだけで、昔の兵士の無念さを感じます。