昨日、愛知県安城市をサイクリング。その途中で円光寺というお寺を訪れました。家康には三大危機という大ピンチがあったのですが、それは、三河一向一揆、三方ヶ原の戦い、伊賀越えの三つです。その内の三河一向一揆で、一向一揆の本陣の本証寺(安城市)の副将がこのお寺の住職でした。本証寺もこのお寺も、お寺とはいえ、外堀と高い塀に囲まれ、この絵の右端にあるような物見櫓まで建てたお城のような構えです。
この当時、家康はまだ21歳。財政危機のため、当時税を逃れていた寺社から税を取り立てたり、寺社の特権を奪おうとして、反感を買い、一揆になってしまいました。いったん和睦をすると見せかけて、結局一向宗(浄土真宗)を追放・禁制することに成功し、だましうちで家康が結果的に勝利します。このころから狸親父の片鱗が見られますね。

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